公益社団法人 川崎港振興協会について

設立趣意書

多摩川河口に広がる遠浅の砂州海浜を工業誘致の適地と考えた先人達が明治末期から本格的な埋立と運河の整備を行った結果、次々と近代工場が根を下ろし、京浜工業地帯の中枢を形成、その立地上の利点である海上輸送の基地として築造された港湾施設群が川崎港の幕開けであります。
昭和26年6月、港湾法により川崎市が港湾管理者となって独立するとともに同年9月には、国の貿易に最も重要な港である特定重要港湾の指定を受け、一流港の仲間入りを果たし、また公共ふ頭も逐次整備され工業用物資以外の流通基地としての道も開けたのであります。
昭和39年代、県、市による埋立も進み、浮島町、千鳥町を中心としたコンビナートの誕生もあって、取扱貨物量も飛躍的に伸び、全国トップクラスにランクされる港勢となり、現在に至っております。
更に、昭和40年代に入り、新しい時代の要請に対応し、市により国際貿易港を目的とした東扇島埋立事業が発表され、昭和47年に着工以来現在では約80%の土地造成が済み、外内貿13バースが整備されております。
物流企業も50社を超えて進出し、活発な経済活動が開始されており、商港としての一大物流拠点が形成されようとしています。
港湾における経済活動は、国家経済の一翼を担う一方地方経済や市民生活に多大な影響を及ぼすことは、広く知られているところであります。
かかる観点から川崎港振興発展の努力は、単に港湾に事業するもののみにとどまらず、川崎市経済に深く関わりのある各方面の方々のご参加を得て、一体となって行うべきものと考えます。
今日、実に工業港湾から総合港湾へと衣替えを行わんとする時に当り、川崎港振興という共通の目的に向かって、会員相互の連絡と親睦を図るべく推進機関として本協会を設立せんとするものであります。 昭和62年5月11日 発起人 川崎市長伊藤 三郎 川崎商工会議所会頭   手塚 彌太郎

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